九州のやきものの生産は、1580年ころ佐賀県北波多村の岸岳周辺の窯ではじめられたと考えられています。この年代には、九州各地で盛んにやきもの(陶器)生産が行われるようになります。
波佐見でやきもの生産が始まったのもちょうどこの年代で、最も古い窯は、下稗木場窯跡と考えられています。下稗木場窯跡で作られたやきものは、すべて陶器であり、波佐見焼の歴史は陶器生産で幕をあけたことがわかりました。
▲下稗木場窯跡
▲下稗木場窯跡出土品
豊臣秀吉による朝鮮出兵(文禄・慶長の役:1592〜1598)の折、大名たちは、やきもの作りの新しい技術を得るために、多くの朝鮮人陶工を連れて帰ります。陶工たちがもたらした様々な新技術の中でも、特に磁器生産の技術はその後の日本のやきもの史に大きな影響を与えました。波佐見では、畑ノ原窯跡、古皿屋窯跡、山似田窯跡が、この年代の窯です。 陶器生産は依然続けられましたが、白磁、染付、青磁などの磁器の生産も始まりました。
▲畑ノ原窯跡出土品
▲古皿屋窯跡出土品
▲畑ノ原窯跡
1630年代に入ると肥前(現在の長崎県・佐賀県一帯)の窯は陶器生産はほとんど止めて、本格的な磁器生産に移ります。この年代の波佐見の窯は三股古窯跡、三股青磁窯跡な どがあります。白磁。染付も生産しましたが草花などの文様を彫りだした青磁が多く作ら れました。その高度な技術と美しさから、日本を代表する青磁の一つと言えるでしょう。
▲三股青磁
▲三股古窯跡
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