伝統ある陶磁器のふるさと波佐見町観光ガイド
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波佐見焼の歴史

長崎県のほぼ中央の波佐見町にあり、桃山時代、藩主大村善前が朝鮮より李祐慶兄弟らの陶工をともなってきました。そして、彼等は波佐見町村木の畑ノ原、古皿屋、山似田の3ヶ所に連房式階段状登窯を築き、やきもの作りを始めました。これが波佐見焼の始まりです。 波佐見焼と言えば、染付と青磁が中心ですが、始めは施釉陶器を生産していました。 慶長七年(1602)に良質の陶石が発見され、しだいに染付と青磁を中心とする磁器へ移行 し、波佐見に皿山役所を設置し、三股山、中尾山、永尾山を管理して、磁器を大村藩の特産としました。 その後、藩の保護の下、次々と登り窯が築かれ、また、各地の陶工たちも集まり、現在ま でに全国有数の和食器の陶磁器産地に成長しました。 江戸地代は白磁が多く作られ「くらわんか茶碗」と呼ばれる簡素な染付文様を描いた飯碗や、「コンプラ瓶」とよばれる海外輸出用の酒瓶は当時波佐見焼の代表的な焼物でした。 現在あまり名前が知られていないのは、伊万里港や、鉄道が発達してからは、有田から発送していたために、伊万里焼や有田焼として取り扱われたためです。
波佐見町並み

波佐見焼
波佐見焼の歴史
   
■波佐見焼のはじまり 1580〜1610年代
■磁器の誕生 1610〜1630年代
■青磁の時代 1630〜1650年代
■海外への輸出 1650〜1690年代
■くらわんかの時代 1690〜1860年代
■明治時代
■大正時代
■昭和時代〜現代

波佐見青磁
コンプラ瓶(海を渡った波佐見焼)
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